本当にありがとうございました




 万魔殿の中階には、ニスロク司厨長が切り盛りする、巨大な食堂が存在している。大きな窓からは広大なゲヘナの大地が見渡せ、太陽の下で食事が楽しめるように空中テラスまで設置されている。本格的なフルコースから、簡単に食べられるファーストフードまで……。一度食べれば病みつきどころか中毒にすらなりかねないその絶妙なる味と、さまざまな料理を瞬く間に作り上げる司厨長の腕に、今日も食堂には多くの悪魔たちが集っている。
 そして本日も、料理長の料理目当てに、二人の悪魔が食堂を訪れた。
 一人……数多くの宝石をあしらった金縁のブローチでリボンを止める、死と破滅の伯爵様。
 一人……黒い燕尾服に身を包み、銀縁の片眼鏡をかけた詐欺師の総統様。
 それぞれ、序列38番と序列39番の悪魔王様である。

「それで。今日は何を食べるつもりですか、姉者?」
「んー…何を食べようかと迷うのも面倒だし、今日は料理長のオススメをそのまま注文しようと思うのよね」
「それは奇遇な。俺もそう思っていたところだ」
「何と。流石だよね、私ら」

 仲良く肩を並べた双子の悪魔王たちは、互いに肘でつつきあいながら食堂の方へ向かっていく。今、二人の頭の中を占めているものは、料理長の作り上げる華麗なる料理の数々だろう。
 先日のメニューは、ラムの香草焼き、ローズマリーポテト添え。
 一昨日のメニューはフォアグラフィレのソテーワインソースがけ。
 先一昨日のメニューは鴨のソテーオレンジソースetc…。
 肉の味を邪魔しない程度に臭みが抑えられた、柔らかなラム肉を噛んだときに口の中にあふれ出るコクのある肉汁……。
 トロリと悦楽的な色に焼きあがった、脂が乗ってこってりしたフォアグラのフィレと、酸味の勝るさっぱりとした赤ワインソースが口中で混ざり合う口福感。
 カリカリに焼きあげられた鴨の皮に絡む、甘く酸っぱいオレンジソース……。
 うっとりとした表情で、双子の悪魔王は店先に張り出された本日のオススメを確認しようと顔を上げる……が……。
『本日のオススメ:鳩のロースト〜ホワイトアスパラと茸のソテーを添えて』
 やや右肩上がりの癖字で書かれたお勧めメニューに、悪魔王達の肩ががくりと下がった。

「何というか……どう見ても共食いです……」
「本当にありがとうございました」

 すっかりと項垂れたまま、双子の悪魔はとぼとぼと踵を返す。
 死と破滅の伯爵・ハルファス。
 詐欺師の総統・マルファス。
 二人とも、剣を携えた大きな黒い野鳩の姿であらわされる悪魔であった……。

 

 

 











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