良く晴れた地獄帝国のとある日の正午。
砂漠と水域の公爵様が、薄桃色の布で包まれたモノを両腕に抱え、それはもう上機嫌な様子で万魔殿の廊下を闊歩していた。
いつもはむっつりと不機嫌そうに押し黙っている公爵様だが、今日は今にもスキップでもしかねない程に浮かれた様子で鼻歌まで歌っている。そんな浮かれっぱなしの公爵様が、ルラルラ歌いながら回廊を曲がりかけたちょうどその時……。
「わりゃぁ相変わらず暑そうな格好じゃの。元気じゃったか?」
「なんだ……誰がど思ったっけばオメだったんが。オメも相変わらず元気そうで良がったな」
彼女の背後から、一人の青年が声をかけた。
背中一面に書かれた「Night
Head」のロゴと、目にも部しい純白の特攻服……陸軍指揮官・竜総統秘蔵の特攻隊長、騎士心公だ。
長い前髪のせいで、砂漠と水域の公爵様の表情はいまいちよくわからない。だがそれでも、弾むようなその声の調子で、今の彼女の幸福度の高さがうかがえた。
形の良い唇をきゅっと釣りあげながら、序列47番の砂漠と水域の公爵・ウヴァルは、序列15番の騎士心公・エリゴスに、抱えていた包みを掲げて見せる。薄茶のマントと若草色のローブを纏ったウヴァルの腕の中に、四隅に小さく花の刺繍が施された薄桃色の包みがうっすらと異質感を漂わせて抱かれていた。
「吟遊公爵の手作り弁当か……良いモン持っとるのォ、ウヴァル……」
「いーべー?さっき、ご主人がら貰ったっけのよ、これ」
幾度か鼻を鳴らしたエリゴスが、ウヴァルが抱えた荷物の中身を推測する。それはもう嬉しそうな様子のウヴァルの反応を見るに、どうやらその推測は当たっていたようだ。
二つ折りのメッセージカードが添えられたその包みに、嬉々とした様子で頬を寄せるウヴァルを眺めながら、騎士心公は心からのため息をついた。
今までずっと直属の軍団長である獅子頭王に仕えてきたが、いまだかつてそんな贈り物など貰ったためしがない。……というより、思い返せば優しい言葉の一つもかけてもらったことすらないように思えるのだ。
「…………えぇのォ、ウヴァルは………………ワシにも分けてくれんかのぅ……?」
「絶対やんだ。これはオレが貰ったものだもの。オメは、オメの上司がら貰ったら良いべした」
今すぐ人事部に掛け合いたい衝動を心のどこかに感じつつ……騎士心公は、砂漠と水域の公爵の包みにふと視線を向けた。他人に向けられた愛情と優しさだとは言え、その欠片にすがりたい気持ちでいっぱいになってしまったのだろう……。
……が。すっかりたそがれてしまった騎士心公への返答は、何ともにべもないものだった。
包みをガードするようにぎゅっと腕に抱え込みながら、ウヴァルが唇を尖らせる。まさに即答といってもいい断言っぷりに、エリゴスがガクリとその場に崩折れた。
「…………上司にも同僚にも恵まれんワシはどうすりゃあ良いんじゃ…?」
「とりあえず、人事部さ掛け合ってみだら良いんねの?」
慙愧の声をあげる騎士心公の呟きに、彼に膝をつかせる原因となった恵まれない同僚が何も気づいていない様子で答えをあげる。
こんな時どんな顔をすればいいのだろう、と思いつつ……傷心の騎士心公はもう一度大きなため息をついた。